STRANGER

2019

Installation view 

​video, 2 channel, 1˚9’30”

2019.11.30~12.15  文華連邦/Marginal Studio個展「STRANGER」

 

周囲をタワーマンションに囲まれた都営アパート(*1)に住む男Aは、日中交通量調査の仕事をし、夜になると自身が拠り所とする電信柱(*2)へと向かう日々を過ごしていた。ある日自分の分身が現前し、Aの中の何かが損なわれはじめる…。安息の地を求めて意識の部屋(*3)を彷徨う映像物語。

*1…ここは勝どき六丁目アパートです。集合住宅に暮らし、受験戦争に振り回される家族を描いた1983年公開の映画『家族ゲーム』(監督:森田芳光、主演:松田優作)のロケ地として有名です。劇中では周囲に建物はなく、アパートの存在が際立っていましたが、現在は周囲をタワーマンション(THE TOKYO TOWERS)に囲まれ、すっかり風景に埋もれています。

*2…電信柱は、劇作家の別役実(1937年〜)より引用したもので、関係性を媒介する装置として作中に登場します。別役の演劇には(たいてい)電信柱が一本立っています。彼にとって電信柱は、サミュエル・ベケットが「ゴドーを待ちながら」(初演1953年)で用いた一本木の援用であるようです(また宮沢賢治へのオマージュでもある)。「ゴドーを待ちながら」はゴドーを待つ個人の内面のドラマを描いた、“個”の時代の物語です。別役は、確固とした個が失われ、誰かとの関係の中にしか拠り所のない、関係性そのものを主人公とした“孤”の時代の物語を描く上で、一本木を電信柱に置き換えました。

*3…部屋の中では二つの行為が別の時間軸で行われています。一つ目は、プロジェクターを手に持ち“映画”を投影しながら部屋の中を彷徨う行為です。映画とは共有される物語です。環世界の織りなす緩やかな平行世界において(《Image drawing for STRANGER》参照)、映像は環世界同士を媒介する窓として機能しているのでは?と時折思うことがあります。それは、人間の脳を介して認知される時間と映像のフレームレートが近いことや、カメラという完全な他者の存在が大きいのかもしれません。単なる光学的事象にもかかわらず、四角くフレーミングされた映像イメージは私たちの信頼を大いに獲得しています。作中では、フレーミングされた2次元の映像世界を元の3次元空間に求めるように、映画のワンシーンが部屋ごとに投影されていきます。二つ目は、モデュロールの亡霊に取り憑かれた男Aが、自らの身体を用いてゾーニングされた既存の住居空間を測定する行為です(《The PHANTOM of the MODULOR》参照)。

 

© Yuki Maniwa